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    プロレスニュース

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    1: 名無しさん@恐縮です 2020/01/07(火) 05:48:28.39 ID:iY1gdWQu9
    6日、大田区総合体育館にて行われた獣神サンダー・ライガー引退セレモニーにアントニオ猪木がビデオメッセージを送った。

    イッテンヨン東京ドーム、イッテンゴ東京ドームと獣神サンダー・ライガーは引退試合を行い、この日新日本プロレス旗揚げの地である大田区総合体育館で引退セレモニーを行うことに。
    奥さんである千景さん&息子の貴光さんより花束の贈呈もありライガーはマスクの下で涙ぐむが、「ある人からのメッセージがございます」とコールされると、スクリーンに写ったのはアントニオ猪木。

    猪木は「元気ですかー!元気を売り物にしてきたけれども、俺もう身体がボロボロなんだけど、それにしてもね、世の中全体もちょっと元気をなくして、まぁそんな中でね、何年になるのかな?ライガーは。
    平成元年?31年よく頑張りましたね。
    まぁああいう衣装をつけたのも、当時は色んな人間が色んなアイディアを出し合って、これでいこうあれでいこうとか、
    そんな中で、ライガーというね、まあ当時としても非常に面白いキャラクターで、それで頑張ってきたのでね、まぁともかく、引退っていうとちょっと寂しい気もするけど、
    逆にまた、新しい時代へまた踏み出す第一歩ということで、ね、あの、一回ゆっくり、もう俺も酒が飲めなくなっちゃったんだけど、まぁそれはともかく、美味しいものを食べながらね、
    また、若い人たちに次の世代に、夢を贈れるように、頑張ってもらいたいと思います。長い間ご苦労さん。
    では例のやつで、大丈夫かな?えー、それじゃあ、ちょっと俺もね、気入れないと最近できなくなってきた(苦笑)じゃあいいですかね、いくぞ!1,2,3,ダー!」とメッセージを送り、ライガーはスクリーンに向かって深々と一礼。

    改めてメッセージについて聞かれたライガーは「ビックリしました。僕はホントに、アントニオ猪木の教え子としては落第生だったので。よく怒られてましたし、ロクなことしてませんでしたから。
    でも最後に、猪木さんからああいうメッセージをいただいて、本当にありがたいですね。これもやっぱり感謝ですね。感謝しかありません」と感慨深げにコメントを残した。

    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200107-00010000-battlen-fight 

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    1: 名無しさん@恐縮です 2020/01/04(土) 13:47:50.64 ID:jcASB0Xc9
    新春インタビューに2020年の目標明かす
    “燃える闘魂“アントニオ猪木氏(76)がENCOUNT編集部の取材に2020年の抱負を語った。昨年は政界を引退し、妻・田鶴子さんを亡くすなど激動の1年を過ごした。
    2月20日に喜寿を迎える猪木氏は車いす姿になっても、気丈に「元気ですかー!」と叫び続けている。
    今年もYouTuberへの転身など、幅広く活動していく考えだ。

    2019年を振り返った猪木氏は「いっぺんにいろんなことが重なって。決して無駄な時間じゃなく、貴重な時間を過ごさせてもらったな」と心境を明かした。1月にパラオで妻・田鶴子さんが倒れ、現地に1日滞在しただけで日本にトンボ帰り。
    猪木氏自身も心臓系の持病と闘う日々を送った。7月からは夫婦揃って都内の病院に2か月間入院した。
    「入院してるのは内緒になっているから、歩くのも歩けなくなちゃうし、一方、女房は自分の死と闘っているような状況で大変だった」。
    猪木氏の病室は田鶴子さんの隣。自身の治療を受けながら、24時間態勢で妻の闘病を最後まで見守った。

    プロレス界でライバルだった選手も続々と旅立った。猪木氏はいつしか己の死も意識するようになった。17年には生前葬も開催。
    「一番大事なことは生前葬もやったんだけど、やっぱり『どう死と向かい合うか』というね。
    そういうようなことを1年を通じていろいろ考えていました」。自問自答の中で、周囲からは「猪木さんまだまだ、100歳まで頑張って生きてください!」と声をかけられることもあった。
    ただ、猪木氏は長寿をすべてよしとはしない。「100歳でも元気な人は元気でいいんだけど、そうじゃない人もいる。病院に入っていていろいろ現場を見た時に、こういう高齢化社会で、100歳以上の人が7万人まで増えているんですよ。
    その100歳の人がみんな元気なわけじゃない。娘さんや、あるいは息子さん、あるいはその孫たちまでが介護をしなければいけない時代を迎える」と話し、日本が直面する問題に警鐘を鳴らした。
     
    猪木氏自身もサポートを必要とする身だ。2年前の8月に腰を手術した猪木氏は、車いすで移動することが日常になり、マスコミを通じてその姿が配信されるようになった。
    常に「元気ですかー!」と叫び、日本中に元気を発信。“猪木だけはいつまで経っても元気“と思っていたファンに衝撃を与えた。

    かつてボクシングの元世界ヘビー級王者モハメド・アリと戦い、世界を代表するプロレスラーとして活躍した。衰えていく姿は見たくないとのファンの思いもあるかもしれない。
    だが、猪木氏は「ムッフフ」と笑って、車いす姿を隠そうとしない理由をこう語った。

    「1つは『あるがままでいいだろう』というね。こういう商売をやっていると、『白髪があったらおかしい』と言われることがある。でも、白髪は白髪でしょうがねえじゃん。
    特に側近やカメラマンは、よく見せようと。それはそれで、やってくれてありがたいなと思っているけど、俺自身の心の中に『あるがままで』、というものがある」

    実際、車いすに乗っていても、猪木氏に対する反応は変わらない。気遣うどころか「元気をください!」と握手やビンタを求めてくるファンがほとんどだ。

    「昔、俺がスキャンダルの真っ最中の時に村松友視さんがどこかで『そんなの関係ない。猪木は猪木だよ』って言ったひと言が心の中に残っている。
    さっきも言ったように、あるがまま。元気が売り物ですから正直言えば、車いす乗ってる猪木が元気がどうかというとね(笑い)。でも、みんなそこへ寄って来て『元気ください』って言ってくれる。
    『お前のほうがよっぽど元気だろう』と思うけど、逆に言えば、そういう人たちから元気をもらって」と猪木氏はファンとの交流を歓迎した。

    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200104-00010000-encount-fight 


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    1: 名無しさん@恐縮です 2020/01/07(火) 16:21:04.42 ID:uKGlIdG69
    プロレスラーの佐野巧真(54)が7日、自身のフェイスブック上で現役引退を表明した。

     佐野は1月4日と5日の新日本プロレス東京ドーム大会に本名の佐野直喜として出場。獣神サンダー・ライガーの引退記念タッグ戦に臨み、4日には8人タッグで対戦、5日にはタッグパートナーを務めた。「“獣神サンダー・ライガー”選手、31年間お疲れ様でした。そしてありがとうございました! ライガー選手の引退試合に出場させて頂いたこと本当に感謝致します。そして私ごとですが今回限りで現役を卒業し“焼肉巧真”のオヤジとして頑張って参ります」とつづり、自身も現役を引退する意向を明かした。

     佐野は北海道・苫小牧の出身。高校卒業と同時に新日本プロレスに入門し、84年3月3日の仲野信市戦でデビュー。メキシコでの武者修行を経て、89年にはライガーを破ってIWGPジュニアヘビー級王座を獲得。90年にSWSへ移籍後もSWSジュニア王座を獲得し、92年にはUWFインターナショナルに参戦。キングダムやPRIDE、バトラーツやノアにも参戦するなど、幅広いファイトでファンに愛された。

     今後は自身が経営する焼き肉店「焼肉巧真」の経営に専念する。ジュニアで一時代を築いたレスラーがまた一人、リングを去った。

    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200107-01070100-sph-fight

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    1: 名無しさん@恐縮です 2020/01/07(火) 16:17:17.02 ID:46TlfEnU9
     “野人”の愛称で親しまれた新日本プロレスの中西学(52)が7日、都内の新日本社で会見。2月22日の後楽園ホール大会をもって現役を引退することを発表した。

     「2020年2月22日後楽園ホールで引退をいたします」とあいさつした中西は、引退決断の理由について「首のけがが原因で思うような戦い方ができなくて、ずるずるこの状態を続けているよりも、しっかりとけじめをつけて、昔あんなことができたっていうよりも、今、自分の中にある熱いものを2020年2月22日まで全部使い切って、思い切り引退の日までダッシュして、レスラー人生を全うしたい」と説明した。

     昨年の暮れ頃から会社と話し合いを続けていたそうで「昔の動きができない。そういう時期があったので、気持ちの中でどうすることも…。去年の暮れくらいから会社とも話をして、今回(の発表)に至った。けがは回復したが、その次に行けなかった。こういう状況でプロレスを続けていちゃいけないと思った」と明かした。

     永田裕志、天山広吉、小島聡とともに「第三世代」と呼ばれ、活躍してきた。盟友3人について「あと残された試合が何試合あるか分かりませんが、この3人には一緒に戦ってほしいし、戦いたい。ずっと、そばにいた3人ですから、思い出も肌で感じているものもある。それを感じながら、最後を全うしたい」と語った。“野人”がラストマッチへ向けて、エンジン全開で暴れまくる。


    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200107-01070101-sph-fight


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    1: 名無しさん@恐縮です 2020/01/05(日) 16:34:22.73 ID:p3ZggkIn9
    ◆新日本プロレス「WRESTLE KINGDOM 14 in東京ドーム」▽「獣神サンダー・ライガー引退試合2」60分1本勝負 
    〇高橋ヒロム、リュウ・リー(12分16秒、TIME BOMB→体固め)●獣神サンダー・ライガー、佐野直喜(5日、東京ドーム)

    新日本プロレスの「WRESTLE KINGDOM 14」が5日、東京ドームで行われ、第1試合の「獣神サンダー・ライガー引退試合!」で
    ライガーが高橋ヒロムに敗れ、35年あまりに及ぶレスラー人生に終止符を打った。

    ライガーは、セコンドに若手時代のコーチだった藤原喜明が付き、長年のライバルの佐野とタッグを結成し、IWGPジュニアを奪還した
    高橋ヒロム、リュウ・リーと対戦したが高橋の「TIME BOMB」でフォールされ引退試合をを飾ることはできなかった。

    試合後の会見でライガーは「何も思い残すことない」と明かした。途中で「獣神ライガー」の原作者の永井豪さんが花束を持って登壇した。
    永井さんは89年4月24日の東京ドームでライガーが誕生した時を振り返り「誰がかぶってくれるのかと期待して待っていたんですけど、
    山田選手ですけど…」とライガーの正体とされる「山田恵一」という禁断の言葉を口走るとライガーは「もういいやろ」と絶叫した。その上で
    永井さんは「オレにかぶらしてくれっていう情熱と熱意がうれしくて、即、やってくださいとお願いしました。自分の判断は間違いなく31年
    活躍してくれて本当にうれしいです」と感謝していた。

    さらに「どんどんマスクも自分なりのデザインして常にファンを飽きさせないのは本人の努力しかないと思います」とたたえ「伝説を具現化している
    戦いでいつも興奮して見ていました」と伝えた。この言葉にライガーは「山田君は邪心の塊だったので、それがライガーを名乗っていいのかどうか
    分からなかったんですが、マスクマンになりたかったので、しかも永井先生のマジンガーZ、デビルマンを見ていたので、その先生のなので
    やりますと一言言ったことを覚えています。今、良かったと言っていただいてホッとしています」と話していた。

    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200105-01050092-sph-fight

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