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    2016年11月

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    1: 名無しさん@恐縮です@\(^o^)/ 2016/11/28(月) 16:37:20.27 ID:CAP_USER9
    12月31日(土)さいたまスーパーアリーナ にて開催される『RIZIN FIGHTING WORLD GRAND-PRIX 2016 
    無差別級トーナメント Final ROUND』の記者会見が、11月28日(月)都内にて行われた。

     新たに発表された対戦カードは、元・修斗世界ミドル級王者・桜井“マッハ”速人(マッハ道場)vs
    元リングスでプロレスラーの坂田亘(フリー)。会見には坂田の妻であるタレントの小池栄子も出席。

     マッハは2013年9月以来、坂田は2003年大みそか以来のMMA(総合格闘技)となる。

     小池栄子が会見に同席したのは、夫・坂田に格闘家としてのけじめをつけさせたいために、
    高田延彦・RIZIN統括本部長に今年1月に直訴したのがきっかけだったため。

     しかし、これに対戦相手のマッハは激怒。「何で小池栄子さんが来ているんですかね。
    タレントプロレスじゃないんだよ。
    今日、小池さんが来たのが頭に来たので、憎しみを込めて試合をやろうと思います。
    ただでは終わらせない」と坂田・小池夫妻ににらみをきかせた。

    <決定対戦カード>

    ▼RIZIN MMAルール 1R10分/2R5分 82.0kg契約
    桜井“マッハ”速人(マッハ道場)
    vs
    坂田 亘(フリー)



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    1: 名無しさん@恐縮です@\(^o^)/ 2016/11/28(月) 03:36:10.48 ID:CAP_USER9
    ◆全日本プロレス(27日・両国国技館)

     全日本プロレスの黄金時代に活躍したドリー・ファンク・ジュニア(75)、チャボ・ゲレロ(67)、ザ・グレート・カブキ(68)の“レジェンド”レスラーがスペシャル8人タッグマッチに登場した。

     元NWA世界ヘビー級王者のドリーは、チャボ、ウルティモ・ドラゴン(49)、TAJIRI(46)と組んで、カブキ、西村修(45)、吉江豊(42)、木高イサミ(35)と対戦。ザ・ファンクスのテーマ曲「スピニング・トーホールド」が国技館に流れると、オールドファンは大喝采。タレント・山田邦子(56)から花束贈呈されると、ムチをマットに打ち鳴らすパフォーマンスで応えた。

     長袖シャツ、ジーパンのまま試合を行ったドリーは、カブキのアッパーを耐えると、ふらつきながらもエルボー・スマッシュを打ち返した。“伝家の宝刀”スピニング・トーホールドを逆に仕掛けてくる西村に、ドリーは首をつかんでそのまま丸め込み、12分9秒、首固めの勝利。「日本で試合ができてうれしいです」と日本語で喜ぶドリーにチャボは「アミーゴ(友だち)!」と握手して抱きついていた。


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    1: 名無しさん@恐縮です@\(^o^)/ 2016/11/28(月) 02:53:23.50 ID:CAP_USER9
    ◆全日本プロレス アジアタッグ選手権 〇渕正信、大仁田厚(14分17秒、片エビ固め)青木篤志、佐藤光留●

     元参院議員で来年10月の還暦で引退を宣言している大仁田厚(59)が、古巣の全日本プロレスに登場し、
    同期の渕正信(62)とのタッグで、現存日本最古のタイトル、アジアタッグの第100代王者に就いた。

     2人合わせて121歳の全日本草創期の新弟子コンビは、全盛期と言える王者チームの青木篤志(39)、
    佐藤光留(36)を相手に、ベテランの域を超えた狂乱ファイトで圧倒した。

     王道マットに有刺鉄線電流爆破バットを持ち込んだ大仁田は、先発するといきなり電流スイッチをオン。
    サイレンが鳴り響いたが、すかさず渕が制止。バットは封印したが、大仁田は机上パイルドライバー、
    イス攻撃、そして赤い毒霧で2人の顔を赤く染めた。とどめは渕がバックドロップ7連発で佐藤をフォールした。

     1973年に全日本に入団し、翌74年にデビューした同期。当時は“若手三羽ガラス”としてもう一人いた。
    87年11月28日に飛行機事故で亡くなった薗田一治さん(享年31)。マジック・ドラゴンとして活躍した
    薗田さんの遺影にタッグベルトを捧げた。大仁田は「新弟子時代は六畳一間で3人で寝た」、
    渕は「お互いいじめられながらやってきたことを思い出した」としみじみ。

     1985年に全日本で1度目の引退式を行った大仁田が全日本に出場するのは、01年1月の
    「ジャイアント馬場三回忌追悼興行」(東京ドーム)、14年12月の渕のデビュー40周年興行(大阪府立体育会館)に
    続く禁断の遭遇。大仁田は「申し訳ないが、僕は僕のプロレスをやって、引退まで防衛する。
    今度は(電流爆破バットを)止めないで」と要求。渕は「チャンピオンは悔しいでしょう。
    一番負けたくない相手に負けたんだから」と“邪道”を連れてきた罪悪感を少しだけにじませた。

     
    【大仁田厚(59)・渕正信(62)組、青木ら王者チームを倒しアジアタッグの第100代王者に-全日本】の続きを読む

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