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    2016年04月

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    1: シャチ ★@\(^o^)/ 投稿日:2016/04/29(金) 22:51:17.67 ID:CAP
    「プロレス・大日本」(29日、後楽園ホール)

     大日本の会長で日本現役最年長レスラーのグレート小鹿(74)が惜しくも35年ぶりのアジアタッグ王座奪回を逃した。

     過去5度奪取した自身の代名詞とも言える日本最古のタッグ王座に、全日本のチャンピオンカーニバルを制して
    勢いに乗る関本大介を従えて、王者の木高イサミ、宮本裕向組に挑戦。前日の74歳の誕生日に蛍光灯デスマッチを
    戦い大流血した小鹿は、この日も額の傷口を攻められて連夜の血だるまとなった。

     それでも、木高の足を執ように攻めてもん絶させ、STFまで見せるなど、老かいなテクニックで真っ向勝負を展開。
    最後は木高にのど輪落としを放ち、足4の字固めで仕留めにかかったが、スキを突かれて首固めで丸め込まれた。

     試合後、小鹿は健闘に手応えを感じ、「ここまでやったということは、ワンモアチャンスあるな。このリングを去るまでに
    再度挑戦したい」とアピール。これに対し、宮本は「このベルトは冥土のみやげにならなかったな。どうしてか分かるか?
    まだ、あんたは生きないといけないんだよ。もっとオールドプロレスリングを教えてくれ」と前向きに応えた。

     だが、小鹿は「それは分かった」とあっさり受け流し、「まだまだオレはくたばらない何度でもチャレンジする。
    それまでお前ら(ベルトを)持っとけ」と王者組を一喝。さらに、「ボクが最初にこのベルトを手にしたのは44年前。
    その時と変わっていない。あくまでもこのベルトを追求する」と叫ぶと、客席からは大“コジカコール”が送られた。


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    1: THE FURYφ ★@\(^o^)/ 投稿日:2016/04/29(金) 19:54:39.82 ID:CAP
    かつて『平成のプロレス仕掛人』と呼ばれた永島勝司がLINEスタンプになったことが発表された。

    永島勝司は東京スポーツを経て新日本プロレスに入社し取締役へ。その後長州力とともに
    『WJプロレス』を設立し、同団体解散後はスポーツ誌である『内外タイムス』の編集長を経て、
    DDTプロレスリングの『nWj』最高顧問に就任した。現在はプロレス格闘技メディア『バトル・ニュース』の
    編集長として昭和と平成のプロレスを繋ぐ存在となっている。

    永島勝司のLINEクリエイターズスタンプ『劇画ゴマシオ親父の迷言』は、劇画チックになった
    永島勝司が「カテエ」「人生は勇気、殺気、怒気、そして元気」「君は平壌に咲く一輪の花」など
    名言の数々でプロレストークを盛り上げるスタンプになっているとのことだ。

    永島は「“ゴマシオ親父”と呼ばれてウン十年。なんだか、俺の知らないうちに“迷言”になっているらしいが、
    この世知辛い世の中少しでも楽しんで使って頂ければ嬉しい!」とコメント。
    すでにLINEにて購入可能とのことなので、プロレス界に残る迷言を是非その目で確認してみて欲しい。


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    1: シャチ ★@\(^o^)/ 投稿日:2016/04/27(水) 21:20:06.83 ID:CAP
    元参院議員でプロレスラーの大仁田厚(58)が27日、FMW軍の大将として、
    船木誠勝(47)率いるUWF軍を血祭りにあげた。
    FMW軍vsUWF軍全面対抗戦は、大仁田が雷神矢口、NOSAWA論外、
    保坂秀樹と組んで、船木、高山善廣、冨宅飛駈、
    アレクサンダー大塚組と有刺鉄線ボード8人タッグデスマッチで対戦。

     船木がUWFのテーマで入場し、会場は大いに沸いたが、試合が始まると大仁田の場外乱闘地獄に。
    リングに戻り、船木がアキレスけん固めで大仁田を攻めても、FMW軍が総掛かりでカット。
    大仁田はイス攻撃、赤い毒霧で船木の顔面を朱に染めた。
    最後は大仁田のサンダーファイヤーパワーボムで冨宅を仕留めた。

     怒った船木はゴングが鳴る中、大仁田を再度、アキレスけん固めを決め、リング上は大混乱。

     大仁田は「おい、船木、そんなにやりたいなら、電流爆破に出て来い」
    と有刺鉄線電流爆破デスマッチでの決着戦を要求。
    電流爆破経験のある高山がマイクを握って返したが、大仁田への声援でかき消された。

     1988年、FMWを旗揚げする前の大仁田がUWFに乗り込もうとして、
    「大仁田さん、チケット持ってますか」と門前払いを食らったエピソードがあるほど、
    人気と勢いがあったUWF(船木は89年に参加)。格闘技路線のUWFに対抗して、
    大仁田はデスマッチ路線のFMWを築いた。当時は永遠に交わらないと
    思われてき「U」と「F」が、時代を超えて全面対抗戦に発展した。

     セミファイナルでは、FMW軍のリッキーフジ、田中将斗、上田勝次組とUWF軍の藤原喜明、
    佐野巧真、長井満也組の6人タッグも行われ、この日に67歳の誕生日を迎えた
    藤原がアキレスけん固めで上田を下し、先勝している。


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