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2chプロレスをまとめるか、まとめないか    答えはこうだ イヤァオ!!

    2015年11月

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    1: 砂漠のマスカレード ★@\(^o^)/ 投稿日:2015/11/30(月) 07:18:33.98 ID:CAP
    「プロレス・東京愚連隊」(12月1日、後楽園ホール)

    “仮面貴族”ミル・マスカラス(73)が29日、都内でファンイベントを行った。
    東京愚連隊12・1後楽園大会出場のため来日。同日はドリー・ファンクJr.(74)&ザ・グレート・カブキ(67)&船木誠勝(46)と“260歳カルテット”を結成し、
    藤原喜明(66)&カズ・ハヤシ(42)&CIMA(38)&NOSAWA論外(38)と対戦する。

    ともに日本で人気を博すドリーとのタッグについて「彼と組むのは初めて。
    弟のテリーを含めて特別な存在だね。体調を維持して、長く続けていることをリスペクトしている」と歓迎した。

    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151130-00000006-dal-fight 


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    1: 砂漠のマスカレード ★@\(^o^)/ 投稿日:2015/11/30(月) 07:32:54.59 ID:CAP
    アントニオ猪木参議院議員(72)が27日、羽田空港からキューバに向けて出国した。

    今回の渡航について「猪木島は『宝島』で、周りに75の沈没船が沈んでいる記録が残っている。
    ここにきていろいろなテレビ局が興味を示してね。キューバの国会も若い議員になっているので、その話の証拠がどこにあるかと言っても分からない。
    どうなっているのかキチッと話を詰めてこようかなと」と目的を明かした。

    かつてキューバ政府から贈られた猪木島は近年、近隣にリゾートホテルが乱立し、観光客が増えているという。
    島自体は特区にあるため開発を免れており、今回の訪問で状況を確認する予定だ。

    一方で10月に猪木氏率いるIGFのキューバ大会が計画されていたが、無期限延期が決まった。
    猪木氏は「私が動いて来年(の開催)に向けて再交渉しますよ。何度かうち(IGF)のスタッフが行ったけど、らちが明かないのが正直なところ。
    北朝鮮とかもそうだったけど、社会主義の国で興行をやる時は難しいから」と2016年度中の実現に向けて再び動きだす方針を示した。

    キューバと米国が7月、1961年の断交から54年ぶりに国交を回復させたことにより、世界各国の企業が消費市場の開拓や投資を検討している。
    「いろんな人が出入りしていて、向こう4か月ホテルが取れないからね。
    まあ、若い人の夢をかき立てるような話をしてきますよ、ムフフ」。
    同国と太いパイプを持つ猪木氏の“闘魂外交”に期待がかかりそうだ。

    http://www.tokyo-sports.co.jp/prores/mens_prores/477566/





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    1: お前名無しだろ 投稿日:2015/10/04(日) 21:21:38.20 ID:n1c097b70.n
    なんかネット見てるとプロレスが大ブーム!とか書き込み多いけど
    俺の周りでプロレスの話題してる奴皆無
    テレビでも見かけないし、若い選手の名前とか聞いても分からない
    本当にブームなの?





    【本当にプロレスってブームなの?】の続きを読む

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    1: お前名無しだろ 2015/07/20(月) 23:48:17.18 ID:f8Z1MJNZ0.net
    東スポプロレス大賞
    週プログランプリ
    日刊バトル大賞
    サムライインディー大賞
    レスリングオブザーバー
    ニコプロ民がMVPとか選んでみた
    ネットプロレス大賞
    各団体が公表する団体内アワード
    他、芸能関係の賞レースを受賞したレスラーなど
    賞レース関係について【予想】でも【願望】でも書いたりするスレです



    【【東スポ】2015年プロレス大賞総合スレ【週プロ】】の続きを読む

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    1: 砂漠のマスカレード ★@\(^o^)/ 投稿日:2015/11/28(土) 21:11:24.61 ID:CAP
    ハンセンといえば、現役時代は“ブレーキの壊れたダンプカー”とレスラー仲間からも恐れられたが、
    その理由は「誰にも負けたくない」という自身のプロレス哲学にあった。

    「現役時代には、(今年4月に)亡くなった阿修羅・原に35針も縫う大ケガを負わせてしまったことがあった。
    あとで『悪かったな。わざとやったわけじゃないんだ』と謝りに行くと、
    『いや、これは、ビジネスのためによかったんだ』と、原は平然と言ったものだ。彼は、本当にタフな男でプロだった。
    思い返せば、小橋、天龍らにも椅子で殴りつけ、大ケガをさせてしまい、悪かったと思う。
    だが、喧嘩ではなくビジネスだと思っていても、絶対に譲れない部分がある。
    だから、どうしても一線を越えてまうのだ。それが闘いというものだろう」

    75年9月に初来日を果たしたハンセンは、82年1月からは全日本プロレスに移籍。
    ブルーザー・ブロディと“超獣コンビ”を組むなどトップ外国人レスラーとして暴れまくり、ジャンボ鶴田や天龍源一郎などと死闘を繰り広げた。
    中でも、ジャイアント馬場はハンセンのプロレス人生を語るうえでは欠かせないキーパーソンだったと振り返る。

    「全日本に移籍する際、私には、大きな心配事があった。
    全日本はアメリカンスタイルだが、自分には自分の作り上げたスタイルがあり、全日本に入っても変えたくなかった。
    それを馬場に聞くと、こう答えたのだ。『キミのスタイルが気に入ったからこそ、入ってもらいたいのだ。全日本はキミのスタイルを求めている。
    そのスタイルは変えないで、逆に全日本を変えてくれ』と‥‥。そのひと言が、本当にうれしかった」

    ハンセンが加入したことによる影響は大きかった。
    全日本プロレスは、のちの「四天王プロレス」まで連なる肉体のきしむような激しい技の攻防で観客を魅了する時代に突入していく。
    そうした中で、馬場との闘いも熾烈を極めた。

    「馬場にとって、私が全日本に来ることは、とてもハッピーだった。その反面、馬場も自分も、ポジションを確保しなければならない。
    だから、そこで、本気のぶつかり合いが発生した。馬場は私のボスだが、レスラーとしてしか見たことがない。
    『ボスだからケガをさせられない』などと考えたことは一度もない。
    いつも本気で叩きのめしてやろうと思っていた。そうしなかったら逆に自分がやられていた」

    しかし、93年の「世界最強タッグ決定リーグ戦」で初タッグを結成して以来、2人はたびたびタッグを組むようになる。
    その過程でハンセンは、意外な馬場の素顔を知ったという。

    「自分が大好きだったからかもしれないが、控え室によく大福餅を差し入れしてくれた。
    一箱持ってきて、『どうぞ』という感じで渡されたこともある。あれは、不思議な感覚だった。
    今も来日してショッピングセンターで大福餅を目にすると、ふと馬場の笑顔を思い出してしまうんだ」


    【スタン・ハンセン 来日緊急インタビュー!“シニア世代への熱血エール”「ジャイアント馬場のひと言がうれしかった」】の続きを読む

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