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    2015年03月



    1: THE FURYφ ★@\(^o^)/ 2015/03/23(月) 00:25:40.41 ID:???*.net
    メキシコのティフアナ(バハ・カリフォルニア州)でプロレスラーが試合中に死亡するという悲劇的な事件が起こった。

    亡くなったのは来日歴もあるペロ・アグアヨ・ジュニア(35=本名 ペドロ・アグアヨ・ラミレス)で、父ペロ・アグアヨ(69)は
    新日本プロレスの常連外国人選手としても人気があったレスラー。

    ジュニアはこの日、タッグでリングに登場したが、対戦相手のレイ・ミステリオ・ジュニア(40)のドロップキックを背後から
    首に受け、ロープにもたれかったまま動かなくなった。試合はそのまま5分ほど続き、マイク・パフォーマンスも終わった
    10分後にようやく病院に搬送。しかし頸部(けいぶ)を骨折しており、21日午前1時半に死亡が確認された。

    メキシコを代表する覆面レスラーの1人、エル・イホ・デル・サント(51)は「メキシコだけでなく日本や米国にもファンが
    いるのでみんなつらいだろう。若いだけに残念だ」とコメント。なおAP通信によれば、現地の警察当局は異例の
    「殺人容疑」で捜査を開始しているという。だが、大会の主催者であるAAAは、公式見解として事件性はないとしている。

    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150322-00000094-spnannex-fight



    【【訃報】プロレスラーのペロ・アグアヨJr.、試合中に死亡…父は元新日で活躍】の続きを読む

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    1: 砂漠のマスカレード ★@\(^o^)/ 2015/03/23(月) 13:07:56.20 ID:???*.net
    高田延彦さん(52)のプロレスデビューは81年。以来、鍛えに鍛えた体と高度なテクニックでプロレス、
    総合格闘技で活躍し、指導者としても王道を歩いてきた。酒はもちろん豪快!!

    「高田さま。たいへん申し上げにくいのですが、お酒がなくなりました」

    こう言われたのは米ロサンゼルスから帰国する飛行機の中。
    忘れもしないよ。デビューの2年後、83年の4月12日。私の誕生日だからね。
    当時、まだ若手だった私は、先輩レスラーの付け人として北米遠征にお供して、
    先に1人で帰国することになったんだ。当然、エコノミークラスだよ。

    それで、キャビンアテンダントさんとの会話の中で「実は、機内にいるこの時間が誕生日なんです」と話したら、
    お祝いにってウイスキーの18年物とか、高級ブランデーとかけっこうプレミアムなお酒をサービスしてくれたんだ。

    グラスが空けば「もう一杯、いかがですか」って聞いてくれるから、「じゃあ、お願いします」って。
    水割りじゃ物足りなくてロックでね。それで最初はシングルだったのが、何度も頼むうちにダブルになり、そのうちナミナミに。

    有料ならともかく、無料だからね。普通10杯も頼むとイヤーな顔されるって聞くんだけど、
    このときは乗客が少なかったから、すぐにお代わりを持ってきてくれた。これを何十回繰り返したんだろう。
    飲んだ飲んだ。そしてついには品切れ。打ち止めになっちゃった。

    でも、酔いつぶれることもなく、ずいぶん得した気分でいい誕生日になったね。

    ■都内に一軒家が2棟建つくらい使った

    さすがに、飛行機に乗って「品切れ」ってのはその時だけだけど、プロレスラーは総じてかなりの量を飲むだろ。
    普通の人の2倍3倍じゃきかない。だから、飲み放題の居酒屋に行くと、あまりいい顔されないね。

    これまた若手時代。新宿・歌舞伎町に「チェスターバリー」っていう、ちょっとオシャレなディスコクラブがあって、
    同期の連中や先輩たちとよく通ったんだ。

    そこは入場料さえ払えば時間無制限で飲み放題、食べ放題。
    ドリンクは安ウイスキーの薄ーい水割りかカクテル、料理はスナック菓子、フライドポテト、空揚げ、焼きそばみたいなものがメーン。
    料理らしい料理ってないんだけど、大皿に盛ってあって、お客は立食スタイルで自由に食べたり飲んだりしてよかった。
    それほど小遣いがない若手でも財布を気にせず遊べるっていうんで暇さえあれば朝までガンガン飲んで食べてた。

    私たちが行くと、料理もお酒も、アッという間になくなっちゃうだろ。店員は大変だったと思うよ。
    それで地方巡業で1カ月ほどかなあ、ブランクがあって行ったら店がなくてさ。
    別の居酒屋になってた。もしかしたら私たちが行って食べ尽くすから閉めちゃったのかなあ……ってしばらく話のタネになったもんだよ。

    これだけ飲む私でもね、「参った」って思ったのが、ある関取。
    同じペースで飲んでたら、先にへべれけになってさ。それでも関取は平気な顔して、「あれ、延ちゃん、もう飲まないの?」って。
    もう量を競うような年じゃないし、今までの酒代をトータルすると都内に一軒家が2棟は建ってるだろうな。
    これからは、ゆっくりと楽しむ酒にしていきたいね。

    http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/geino/158193/1




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