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    nakamura2


    1: かばほ~るφ ★@\(^o^)/ 2015/02/07(土) 17:22:30.17 ID:???*.net
    新日・中邑真輔 芸術としてのプロレスが認知されると嬉しい
    2015.02.07 16:00

    直木賞受賞作家の西加奈子さんや、犬山紙子さんもハマっていると話題になっているのがプロレス。
    プロレス=男性が熱狂するエンターテイメントという発想を覆す、「プ女子」が増加中だ。
    そのプ女子から高い人気を誇るのが新日本プロレスの中邑真輔(34才)だ。

    屈強な体に、奇抜な髪形。独特のフェロモンを放つ中邑だが、女きょうだいの中で育った子供の頃は
    弱い子だったという。

    「女性に囲まれて育ち、泣き虫だったので小さい頃から男らしいものに憧れていて格闘技を始めたんです。
    ケンカで強くなりたいというより、心の弱さを克服したいって感じでした」

    こう話す中邑は中学生からプロレスラーを夢にし、高校生からアマチュアレスリングを始めた。
    その一方、大学ではレスリング部以外に美術部も掛け持ちしていた。

    「そういう気質があったのか、小さい頃から美術に親しんでいました。
    大学3、4年生になると単位も取り終えて時間があるから、練習時間以外は美術部にいました」

    昨年は、その腕を買われて、ジャーナルスタンダード(セレクトショップ)のサッカーW杯Tシャツもデザインした。
    しかし、「販売されたTシャツはぼくのサイズがなくて(笑い)」というオチつきだが、プロレスに対しても
    芸術的な考えを持つ。

    「リング上での一瞬に命をかけてますし、コスチューム、演出、技も多彩。スポーツでもなく
    単なるエンターテインメントでもなく、ひとつの芸術としてプロレスが認知されるとうれしいです」

    【プロフィール】
    中邑真輔:なかむら・しんすけ/1980年2月24日生まれ/京都府生まれ/188cm/104kg/
    青山学院大学経営学部卒/新日本プロレス所属/2002年3月入門/得意技:ボマイェ/既婚
    ※女性セブン2015年2月19日


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    1: シャチ ★@\(^o^)/ 2015/02/07(土) 13:45:50.83 ID:???*.net
    デイリースポーツ 2月7日(土)13時12分配信
    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150207-00000043-dal-fight
     “ミスタープロレス”こと天龍源一郎(65)が現役引退を決意したことが7日、明らかになった。9日に都内で会見し、
    正式表明する。病気が理由でないといい、年内にラストマッチを行うという。

     全日本プロレス入りしてレスラーデビューした76年11月以来39年、大相撲時代の64年1月場所の初土俵を加えると、
    51年の格闘技生活にピリオドを打つ。

     天龍がリングを降りる決断をした。89年11月にタッグながら師匠の故ジャイアント馬場さん、
    94年の1・4東京ドームではアントニオ猪木参院議員にフォール勝ち。BIからスリーカウントを奪った
    唯一の日本人レスラーとして歴史に名を刻んだ男も2日に65歳を迎えた。

     昨年12月2日、東京・新木場で行われた天龍プロジェクト14年最終興行で、15年の目標を聞かれた際
    「“ソフトランディング(軟着陸)”に入ってるから、体調を上げていって、
    あたったことない人たちとやれたら」と意味深なコメントを発していた。

     脊柱(せきちゅう)管狭窄(きょうさく)症の手術を克服し、1年1カ月ぶりに復帰した12年12月以降も定期的に
    リングに上がり奮闘してきた。今年1月31日には全日本プロレスで行われた馬場さんの十七回忌追善大会に出場。
    天龍は6年10カ月ぶりの古巣で、得意のグーパンチを諏訪魔にさく裂させるなど、
    元気なところを見せて観客を沸かせたばかりだった。

     福井県勝山市出身の天龍は二所ノ関部屋に入門し、64年1月場所で初土俵。73年1月場所に新入幕を果たした。
    最高位は前頭筆頭で、部屋の後継問題のため76年9月場所を最後に角界を去った。76年10月に全日本に入団。
    渡米後の11月にデビューし、日本での初戦は77年6月だった。

     81年7月に故ビル・ロビンソンさんと組み、馬場さん&故ジャンボ鶴田さんの持つインターナショナルタッグ王座に挑戦し、
    敗れたものの、けれんみのないファイトでブレーク。84年にはUNヘビー級王座を獲得した。
    その後はライバルの鶴田さんとの“鶴龍コンビ”で活躍後、阿修羅原(引退)との“龍原砲”では鶴田さんと激闘を演じた。
    90年に全日本を離脱し、SWSに移籍。WARを経てフリーとなった。全日本、WJ、新日本、ノア、
    ハッスルなどに参戦し、10年に天龍プロを立ち上げて主戦場としている。

     主なタイトル歴は3冠ヘビー、IWGPヘビー、UNヘビー、世界タッグ、IWGPタッグなど。
    プロレス大賞MVPは86~88年、93年の4度獲得。得意技はパワーボム、グーパンチ、チョップ、延髄斬りなど。



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