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2chプロレスをまとめるか、まとめないか    答えはこうだ イヤァオ!!

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    40: お前名無しだろ 2015/08/14(金) 18:42:05.49 ID:7B3joE9x0.net
    少なく見積もっても8割は埋まってる 
    遅れた客もこれから来るだろうしもっと埋まるな



    新日本プロレス「G1 CLIMAX 25」第17日 8.14両国国技館

    柴田勝頼[4勝4敗=8点]vsドク・ギャローズ[2勝6敗=4点]

    矢野通[3勝5敗=6点]vsバッドラック・ファレ[5勝3敗=10点]

    天山広吉[2勝6敗=4点]vs内藤哲也[5勝3敗=10点]

    真壁刀義[4勝4敗=8点]vs飯伏幸太[3勝5敗=6点]

    棚橋弘至[6勝2敗=12点]vsAJスタイルズ[6勝2敗=12点]



     
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    1: 砂漠のマスカレード ★@\(^o^)/ 2015/08/13(木) 19:16:30.86 ID:???*.net
    記念すべきG1第1回大会優勝者にして、いまだに破られることのないV5の偉業……G1クライマックスと言えばこの男抜きに語ることはできない。
    先日発売となった、重要人物たちの証言によって“新日本プロレス G1 クライマックス”の本質に迫ったムック「逆説のプロレス vol.2」から、夏男・蝶野正洋と永島勝司の対談をお届けする。


    ■蝶野正洋 ちょうの・まさひろ
    ●1963年、東京都三鷹市出身。84年、新日本プロレス入門。同年10月、越谷市民体育館における武藤敬司戦でデビュー。
    87年に海外遠征し、帰国後は闘魂三銃士として活躍。G1クライマックスは第1回をはじめとして前人未到のV5を達成している。
    nWoジャパンを設立して一大ムーブメントを起こし、その後TEAM2000を結成。92年にNWA世界ヘビー級王座、98年にIWGPヘビー級王座を奪取。2010年からフリー。

    ■永島勝司 ながしま・かつじ
    ●1943年、島根県出身。88年新日本プロレス入社。渉外・企画宣伝部長を経て取締役に。
    現場監督の長州力とともに団体を牽引。第1回からG1クライマックスをプロデュース。2002年2月に新日本を退社。

    蝶野 まず、1回目のG1で両国3連戦をやると聞いた時は、どうせ続かないだろうと思った。
    それまで、両国2連戦(87年8月19~20日、サマーナイトフィーバー・イン・国技館)とかはあったけどさ。
    まさかG1が今年で25周年を迎えるようになるとはね。最近G1関連でよくインタビュー受けるけど、
    本音を言えば1回目の優勝も2回目の優勝も、それで時代を動かしたという気持ちは俺自身にはなかった。

    永島 G1では、その頃の蝶野みたいに、くすぶってる選手に光を当てたいという気持ちが俺と長州(力)にはあったんだよ。
    連覇に関しては、それは蝶野の持ってる土台。橋本(真也)なんかはやっぱりムラがあるわけよ。
    ただ、長州とは、その日の方針に関して両国に着いてからでも揉めることが多かったね。
    長州はオーソドックスなのが一番いいの。ド真ん中ってヤツか(苦笑)。俺は逆で、客に対して意外性を出さなきゃ、と。
    テレビのゴールデンと、東スポの一面の違いみたいなもんだね。俺たち二人の延長線上に蝶野の優勝があったと言ったら、言い過ぎかもだけど。

    G1がスタートした90年代初頭は、まさにプロレスブーム。FMWなどのインディー団体が乱立するなか、
    90年にはメガネスーパーによる大資本をバックに各団体から選手を集めてSWSが旗揚げしている。

    蝶野 SWSから話はありましたよ。( 元新日本プロレスで、SWSに移籍した)ドン荒川さんからね。
    俺や武藤(敬司)さん、橋本選手に控え室で「よう、おまえら、もう少ししたらSWSへの移籍金として、1億円のアタッシェケースを持ってくるからな」って。
    荒川さんは、俺たちをかわいがってくれてたの。もし1億円を持ってきてたら三銃士みんなSWSに行ってたでしょうね。でも、荒川さんはこなかった。

    永島 俺はその動きは、まったく無視してたね。寄せ集めでやったって、うまくいかねえよって。
    ただ、坂口(征二)さんは「武藤が狙われてる」と聞いてオロオロ。「これは絶対止めなきゃいけない」って。

    蝶野  選手サイドの本音を言うと、もう人員が溢れてたから。むしろ離脱者が出れば喜ぶみたいな感じはありましたよ。
    結局、ジョージ高野さんと佐野(直喜)さんがいなくなりましたけど、いい就職先ができてよかったなって感覚でした。
    彼らが新日本に残って、上にいけたかはわからないし、SWSは収入もいいわけですから。
    ただ、繰り返すけど、俺のところに1 億円はこなかった(苦笑)。どうせ荒川さんが懐に入れたんだろうって思ってましたね。

    ―― 90 年と言えば、蝶野さんもすぐ横で聞いた、橋本真也の迷言「時は来た!」もありましたね。

    蝶野  あの時はね、カードが(アントニオ)猪木&坂口vs橋本&蝶野で、まず東京ドームみたいな大舞台で俺らが大先輩とやっていいのかなって疑問があった。
    当日もそう思ってあたふたしてるとこに、テレビカメラが「試合前のコメントを撮らせてください」と。
    海外でもやってきた若手の、アメリカナイズされたアピールが見たいという感じで頼まれて。
    で、当然、猪木さん、坂口さんが後かと思ったら、猪木さんのほうに最初に撮りに行って。
    モニターで見てたら、猪木さんは「出る前に負けること考えるバカがいるかよ!」ってバーンと張り手を……。

    ――あの有名なパフォーマンスですね。

    ※全文の一部分を抜粋。全編は本誌「逆説のプロレス vol.2」にてお楽しみください。 
    http://dailynewsonline.jp/article/1001008/?page=1
    日刊大衆 2015.08.13 17:00



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    423: お前名無しだろ 投稿日:2015/08/07(金) 10:47:04.60 ID:DkA4/jwU0.n
    スマホゲームもいいけどそろそろPS3もしくはVita、3DSあたりでしっかりしたプロレスゲーム作ってくれないかなぁ? 
    ファイプロみたいなのでもキンコロみたいなのでもいいから 
    オカダ、AJあたり動かして遊びたい 
    今の新日の勢いならそれなりに売れると思うけどなぁ






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    1: THE FURYφ ★@\(^o^)/ 2015/08/12(水) 00:34:05.67 ID:???*.net
    ノアの暴走仮面・マイバッハ谷口(38)が10日、新メンバー獲得に成功した。

    谷口はこの日、5月10日の横浜大会に一度だけ降臨したマイバッハブルージャスティスと、
    東京・上野毛の多摩川河川敷でなぜか再会を果たした。するとそこにランニングを終えたばかりの
    大男が加わった。身長186センチ、体重120キロ(ともに推定)はあろうかという筋骨隆々の
    後ろ姿は、どう見ても「野人」の異名を取るあの男だが…。

    谷口が「ブオンブオン(お前が必要だ。俺たちに力を貸してくれ)」と排気音を上げると、青いマイバッハも
    「ゼア!(先輩頼みます)」と続いた。レスリング出身という同じ香りを感じ取ったのか、大男は「俺は
    あくまで代理人。気持ちは分かった。アルゼンチン経由でマイバッハドンに伝えておく」と冷静に受諾し、
    黄色いマイバッハ戦士を送り込むことを約束。新たな暴走仮面の誕生が決まった。

    3人は、19日のノア後楽園大会で行われる「ワンナイト6人タッグトーナメント」で集結する見込み。
    全8チームが参加する予定で、谷口、マイバッハブルージャスティス、マイバッハドン組の出場が
    内定した。任務を完了した青いマイバッハは、左ワキ腹をさすりながら高級国産車セルシオに
    乗り込むと、覆面増殖地と化した多摩川河川敷を後にした。

    谷口はその後、SEMの新宿大会に出場し、マイバッハプレスでクワイエット・ストームを圧殺。
    「ブオンブオン(19日が楽しみですね)」と新たな相棒の出現に上機嫌の様子だった。

    http://www.tokyo-sports.co.jp/prores/mens_prores/434063/




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