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    1: 名無しさん@恐縮です 2017/08/14(月) 14:57:51.86 ID:CAP_USER9
    コラム【今あるのはあの人のおかげ】

    子供の頃から憧れはUWFに入門すること。
    ところが、何度、願書を出しても書類選考で落とされて、やむにやまれない気持ちで上京したのが16歳の時。
    直談判も2回したけど、まったく相手にされず、落とされ続けました。
    だから、入門するために必死でした。

    そんなある日、意を決して3度目の正直で道場に行ったら、めったにお目にかかれない藤原組長がいらして、練習後にちゃんこを食べていた。

    そして「おう! 坊主もこっち来いよ」と気さくに声を掛けてくれたんです。あの時はものすごく緊張しました。
    でも、UWFに入りたいと伝えるのは今しかない、入門のチャンスだと思って「入門テストを受けさせてほしい」と懇願しました。

    酔っていて気分がよかったんでしょうね、組長が「今からテストしてやる」と。
    それからちゃんこの鍋にフタをしてグズグズ煮始めた。
    「後ろを向け。今からおまえの背中に大根をのせる。もし熱さに耐えられたら入れてやる」って。
    当時、テレビで熱湯に入るバラエティーもあったけど、その時の組長は一切、手加減なし。
    ほんとに鍋から熱々の大根をつまんで背中にのせたんです。こっちは入門するために大まじめで「熱い」とも言わずに執念で我慢!

    それを見た組長が「ホントに根性あるな」と認めてくれて10日後に入門テストを受けることができ、憧れのUWFに入門することができました。

    それからは厳しいトレーニングの毎日。
    体が小さく身長はUWFの規定の180センチ以下。とにかくしごかれました。
    スクワット1000回は当たり前で、自分の汗で目の前に水たまりができるくらい。本当に殺されるんじゃないかって思いました(笑い)。
    実際せっかく入門したのに、毎日の特訓が厳しすぎて夜逃げする人もいました。
    それが1年2カ月続いてやっと90年8月にデビューすることができました。

    場所は横浜アリーナ。毎日の厳しい特訓に耐え抜いて残ったのは結局、僕と冨宅飛駈だけ。新人同士でデビュー戦を戦いました。

    ところが、やっとデビューしたのに4カ月後にUWFが解散。
    僕はUWFインターナショナルに所属することになり、組長と稽古することもなくなり、バラバラに。それが今までの長い間、とても心残りでした。

    http://news.livedoor.com/article/detail/13470572/


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    1: 名無しさん@恐縮です 2017/08/14(月) 01:19:38.43 ID:CAP_USER9
    神取忍、議員時代のしくじりを告白…大仁田厚も助けてくれなかった 
     “女子プロレス最強の男”と呼ばれる元参院議員の神取忍(52)が13日放送のテレビ朝日系「しくじり先生 俺みたいになるな!!」(日曜・後9時58分)に出演し、「知識ゼロで大恥転身」したしくじりを語った。

     神取は2004年の参院選に出馬も、落選。しかし06年に繰り上げ当選で議員になった。

     初登院の時のVTRが流されたが、神取の前の席が当時参院議員だった舛添要一前東京都知事(68)で、隣の席がプロレスラーの大仁田厚(59)だった。これには平成ノブシコブシの吉村崇(37)が「すごい、しくじりだらけじゃん」とツッコミを入れると、オードリーの若林正恭(38)は「全員、(しくじり)先生できるよ」と同調した。

     神取は「途中からやってきた1年生議員なので、いろいろフォローやレクチャーをしてくれると思っていたけど、誰も何も教えてくれない」と告白。サバンナの高橋茂雄(41)は「せめて大仁田さんは教えてくれよ」とツッコんでいた。

     神取は「リングを走り回って、何もできないまま(試合終了の)ゴングが鳴った」と任期満了を迎え、2010年の参院選も落選。

     しくじりの教訓として、無謀な挑戦はせず「自分のできることを地道にひとつひとつ」実行することが大事とし、現在はいじめ撲滅トークショーなど社会貢献活動を行っているという。

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    1: 名無しさん@恐縮です@\(^o^)/ 2017/08/12(土) 22:06:23.11 ID:CAP_USER9
    1970年代から1990年代にかけて、人気の芸能人が多数出演する「水泳大会」は夏のテレビ界における風物詩だった。
    そこには、当時の人気女子プロレスラーも出演していた。かつて何度も水泳大会に参加した女子プロレスラーのダンプ松本が、当時を振り返る。

     女子プロレスラーは1985年あたりから『オールスター紅白水泳大会』に出演していました。最初、私は出ていなかったのですが、
    “女子プロレス界の聖子ちゃん”と呼ばれていた立野記代が競泳で宮崎ますみちゃんを抜いて、1位になってしまった。
    当時、アイドルに勝ってはいけないという暗黙のルールがあったので、立野の代わりとして私が呼ばれるようになりました。

     番組からオファーがあった時点で、女子の水着を剥ぎ取る役目だろうなと察していました(笑い)。実際、現場で騎馬戦が
    始まる直前、スタッフに「あの子とあの子を脱がせてください」とポロリ要員を教えられました。それなのに、必死に抵抗して水着を
    剥ぎ取られないようにする子がいたんです。「おまえ、何のために来たんだ!」と怒鳴って、力任せに水着を破きましたよ。

     剥ぎ取るコツ? とにかく思いっきり引っぱってやることです。脱がされているのに、まだ手で胸を隠しているヤツもいたのは腹が立ちましたね。
    そうかと思えば、誰も構ってくれないポロリ要員は自ら脱いでいました(笑い)。

     番組に出始めの頃はアイドルに詳しくなかったし、まだ現役プロレスラーでテレビの事情もよくわかっていなかったんです。だから、指定された
    子以外も脱がせて良いものだと思っていたんですよ。西田ひかるちゃんの水着を剥ぎ取ろうとしたら、「ダメ、ダメ、ダメ」と必死に抵抗されました
    (笑い)。田中律子ちゃんのも引っ張ろうとしたら、「ヤダ、間違えないでよ~」と拒まれました。後でスタッフに怒られましたねえ。

     騎馬になっている男性陣から「あのアイドルを脱がせてくださいよ」と頼まれることもあったけど、それからは「あの子はダメだから」と逆に教えてあげるようになりましたね。

    https://parts.news-postseven.com/picture/2017/08/danpu_matsumoto.jpg
    http://www.news-postseven.com/archives/20170812_602574.html


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    1: 名無しさん@恐縮です@\(^o^)/ 2017/08/15(火) 11:23:09.47 ID:CAP_USER9
    米国の元プロレスラーで数多くの王座を獲得し、“生ける伝説”などの異名を持つ
    リック・フレアー氏(68)が医学的に誘発された昏睡状態にあることが15日(現地時間14日)、
    複数の米国メディアが報じた。

    報道によると、フレアー氏は現地時間の12日、いくつかの厳しい医療問題のため米アトランタ市内にある
    自宅近くの病院に入院。現在は集中治療室で昏睡状態にあり、手術を受ける準備が整っているという。

    フレアー氏は甘いマスクとずる賢い戦法で“狂乱の貴公子”とも呼ばれた。
    72年のデビューから08年の引退まで、世界最高峰と呼ばれた
    NWA(世界レスリング同盟)世界ヘビー級王座を10度、
    WWF(世界レスリング連盟=現WWE)世界ヘビー級王座を2度獲得するなど歴史的な実績を残し、
    WWE殿堂にも2度選出されている。

    日本にもなじみが深く、73年に国際プロレスに初来日し、全日本プロレス、新日本プロレスにも参戦。
    95年4月29日には、新日本が北朝鮮で開催した「平和のための平壌国際体育・文化祝典」に出場し、
    アントニオ猪木とシングルマッチで対戦した。

    https://www.daily.co.jp/ring/2017/08/15/0010464030.shtml 


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    1: 名無しさん@恐縮です@\(^o^)/ 2017/08/14(月) 22:57:51.61 ID:CAP_USER9
    PRIDEやバトラーツで活躍したプロレスラーのアレクサンダー大塚(46)が13日、
    公式ブログやツイッター、インスタグラムで「この度、同郷で同級生の妹・田中陽子さんと結婚しました」と、結婚を公表した。
    お相手は同名の元アイドル(43)とみられる。

    大塚は「少し前に、facebookのプロフィール設定で既婚とした事で、お祝いメッセージいただいたりしていましたが、改めて、
    この度、同郷で同級生の妹・田中陽子さんと結婚しました。
    婿入りしアレクサンダー田中になったら弱そうやなぁ…(笑)と、婿入りはしませんでした」と報告。

    「先日亡くなった陽子さんのお母さんにも安心して頂き、これからも仲良く楽しく共に生きて行く事を伝えられ良かったです」と、
    田中さんの母親も了解していたことを説明している。

    田中さんも同日、ツイッターに大塚の投稿を貼り、「結婚しました」と報告した。

    大塚は1998年、総合格闘技イベント「PRIDE」で強豪マルコ・ファスにTKO勝ちする大金星を挙げてブレーク。
    豪快なスープレックスが十八番で、近年はリアルジャパン、IGFなどに参戦している。

    田中さんは1989年、ホリプロタレントスカウトキャラバンでグランプリを受賞し、90年に「陽春のパッセージ」でデビューしたが、91年に引退している。

    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170814-00000126-dal-fight


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