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    254: お前名無しだろ 投稿日:2015/03/12(木) 13:25:32.57 ID:zLkrl6b+0
    小島って実績充分、動きもイイ、パワーある、会場盛り上がる、クリーンなイメージ、なのに認められてない冷ややかな扱いなのはナゼ?






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    2014年1月12日新木場1stRING大会における宝城カイリ戦でデビュー
    2015年3月8日退団を発表
    。引退について明言は避けたものの、プロレス活動は休業する。




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    zynix


    1: 砂漠のマスカレード ★@\(^o^)/ 2015/03/13(金) 10:15:18.56 ID:???*.net
    昭和のプロレス黄金期を彩った外国人レスラーが、また一人、この世を去った。
    ウィリエム・ルスカさん、享年74。
    1940年、オランダに生まれたルスカさんは入隊した海軍で柔道に出合う。
    すぐに頭角を現し、世界選手権で2度の優勝に輝いたあとの72年、ミュンヘン五輪の柔道男子93キロ超級と無差別級で2階級制覇の偉業を達成した。

    「オランダ柔道界の英雄だったルスカさんですが、奥様の病気の治療費を稼ぐため、プロ格闘家に転向。
    76年2月、アントニオ猪木を相手に『格闘技世界一決定戦』でプロデビュー。激闘の末、TKO負けを喫したものの、
    全身を真っ赤に染め上げる闘志むき出しのファイトで、試合を大いに盛り上げました」(スポーツ紙記者)

    以後、ルスカさんは新日本プロレスに定期参戦している。当時、同団体のメインレフェリーで、外国人の世話係も務めていたミスター高橋氏はこう語る。
    「ルスカはナチュラルパワーというか、腕っぷしの強さが半端ではなかった。
    巡業中にリック・ハンターというレスラーとケンカになった。慌てて止めに入ったのですが、ルスカが腕で振り払っただけで、
    当時100キロあった私は吹っ飛ばされてしまいました」

    ケンカの強さから、レスラー仲間も一目置いていたルスカさん。やはり、元金メダリストの"肩書き"はダテではなかったようだ。
    「巡業先の体育館に併設された柔道場をのぞくと、ルスカもちょうど来ていた。
    壁に掛けてあった柔道着が目に入り、出来心でちょっと手合わせをお願いしたのですが、すぐ後悔しました。
    道着の上衣だけを着た私がルスカと組んだ瞬間、畳に強く打ちつけられていた。まさに電光石火でした」

    それで終わりかと思いきや、その後、ルスカさんは笑顔のまま"柔道レッスン"を続行したという。
    「もちろん、手を抜いてくれているんですが、とにかく強烈。"ギブアップ!"と言っても、
    ちゃめっ気たっぷりに"NO~NO~"と言って引き起こされました。
    ルスカお得意のイタズラ心だったんでしょう」
    腕っぷしの強さと並び、有名だったのがこのイタズラ好き。グレート・アントニオのシャツが臭いからとバケツに入れて小便をかけ、
    控え室に置いてあったスタン・ハンセンのメガネのレンズを油性マジックで黒く塗る……そのイタズラは、とにかくぶっ飛んでいた。
    01年、ヨットでの航行中に脳出血で倒れ、長らく闘病生活を送っていたルスカさん。オランダが生んだ永遠の悪ガキに、合掌。

    http://dmm-news.com/article/926235/
    日刊大衆 2015.03.13 09:00



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    5: お前名無しだろ 2015/02/04(水) 00:26:34.53 ID:GdNrLqJ40.net
    地味な選手が多い 
    尾崎、豊田、広田の存在感は流石だけど、尾崎のヒールは少し飽きたな






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    1: 砂漠のマスカレード ★@\(^o^)/ 2015/03/11(水) 14:01:36.56 ID:???*.net
    プロレス界の生きるレジェンド、蝶野正洋さん。実は筋金入りのラーメン好きで、これまでに7300杯以上は食べてきたという。

    そんな蝶野さんが“青春の味”と呼ぶ店が東京都調布市にある熊王ラーメン。
    5年ぶりに来訪した同店で、その忘れられない味への熱い思いを語った。

    若い頃は、ラーメンを1日最低1杯、多い時は3杯も食べるという生活を20年間続けたほど大の麺好き。

    そんな蝶野さんの“青春の味”は、東京都調布市の人気ラーメン店、熊王ラーメンの1杯だそう。

    以前、この近くに住んでいたため、“ワル”だった高校時代から通っていたとのこと。

    「初めて来たのは高1の時。当時から行列店だったんだけど、行儀よく静かに食べないと怒られる怖い店としても地元じゃ有名で。
    パンチパーマかけてツッパってるオレらでさえ、店内では“気をつけ”して待ってたもんな(笑)」。

    5年ぶりの来店となる蝶野さんが頼んだのは、同店の看板メニュー「しょうゆラーメン」。

    「いただきます!(ズズっとすすって)いやぁ、相変わらずうまいね。
    ラーメンの王道のシンプルなしょうゆ味。
    これまでいろいろなラーメンを食べてきたけど、やっぱり安定してるよな。
    何十年経っても変わらない味が食べられるっていうのはうれしいぜ!」

    “蝶野パワー”の源ともいうべき熊王ラーメンの一杯をぜひ食べてほしい。

    ■蝶野正洋(ちょうのまさひろ)

    1963年、東京都三鷹市生まれ。1984年にプロレスラーとしてデビュー。
    今もなお“黒のカリスマ”としてプロレス界に君臨し続けている。
    ファッションブランド「ARISTRIST」を手掛けるなど、本業以外でも精力的に活動。 



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